放送と通信と日常と
by tkt33
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霞の向こうに新宿が
 新宿ですげーいい声を見つけた。もうくたびれてて、しゃがれた声で、でもめちゃくちゃ楽しそうに歌ってて。

 正直あの街は好きじゃない。やたらと人は多いし、臭いし、道は汚いし。でも悪いとこばっかじゃないってことがわかった。声だけじゃない、ギターの音だけでもない。人の歩く音とか、話し声とか、車の音とか、横で踊ってるダンサーとか。見える街並みもそうだ。

 体で感じる音楽ってのがあったら、きっとこれなんだろうな、なんて思った。
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# by tkt33 | 2004-08-30 17:13
キリンぐらい首を
 最近は朝家を出ると秋の匂いがする。季節の変わり目になるとわかるあれだ。8月もいつのまにか終盤で、空の色もなんとなく秋っぽくなってきた。

 もう夏も終わりかなんて考えると、倒れるような暑さが懐かしいような気もして、喉元過ぎれば熱さを忘れてたりするわがままなこのごろだ。
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# by tkt33 | 2004-08-27 16:35
戦場に赴く戦士に
雨が降り出した。
雨脚はしだいに強くなり、試合は一時中断となった。
4回を終えて、スコアは8-0。
30分後、降雨によるノーゲームが言い渡された。
その場にいた誰もが、勝利を確信していたはずだった。

 オリンピックの影に隠れてしまってはいるが、夏の甲子園も架橋に入っている。19日の準々決勝第2試合では駒大苫小牧が6-1で横浜を下し、北海道勢としては76年ぶりとなる準決勝進出を果たした。
 甲子園といえば春と夏の風物詩みたいなもんで、その時期になると毎日のように紙面やら画面やらを賑やかにする。人が集まればとりあえず話題は甲子園で、優勝校を予想してああでもないこうでもないと、とりとめのない議論をかわすのも良くある光景だ。
 ただ、当然のように、注目が集まっていくのは勝つチームで、1回戦や2回戦で負けてしまうようなチームは名前もすぐに忘れられてしまう。昨年の駒大苫小牧を覚えている人はいるだろうか。1回戦、突然の雨で、8-0で勝っていた試合がノーゲームとなり、翌日の再試合で負けてしまった彼らを。

 「4月の雨は5月の花を呼ぶ」というのはイギリスの言葉だ。昨年降った雨はいくらか、彼らを強くしたのかもしれない。
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# by tkt33 | 2004-08-20 15:20
プラトンの残り香
 紀元前からある書物に描かれている理想郷を求め、今尚研究を続ける人々がいる。本の名は『ティマイオス』に『クリティアス』。
 アテナイの賢者ソロンがエジプトの老神官から、失われた都市アトランティスについての話を聞くという内容だ。潤沢な資源を持ち、高度な文明を誇った都市が一夜にして大西洋に消える。
 夢のようでもあり、どこか信じてしまいたくなるその物語は、2千年たっても輝きを失うことはない。

http://cnn.co.jp/science/CNN200408150016.html

 イリアスに描かれている古代都市トロイアも、シュリーマンが19世紀に発掘するまでは、誰もが神話の中の空想だと信じて疑わなかった。子供の頃夢見た物語を自らの目で現実に確かめた時、彼は何を想っただろう。
 世界は未だ、解き明かされるのを待つ謎で満ちている。
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# by tkt33 | 2004-08-17 12:08
冷たいコンクリートの感じ


人は忘れる生き物だ。幼稚園の時の先生の名前をいつまでも覚えてる奴がいるけど、俺はそんなの信じられない。毎日毎日新しいことの連続で、記憶力なんかいくらあっても足りやしない。でも皮肉なもんで、忘れたいことはいつまでも覚えてられるくせに、本当に忘れたくないことは片っ端から消えていくんだ。

スタンドバイミーを気取る訳じゃないけど、短い人生の中で、友人達はレストランの皿洗いみたいに現れては去っていく。その時はなんとも思わなかった奴が、今考えてみるとなんとなしに懐かしかったりする。

人は忘れる生き物だ。先週の月曜に何を食べたかなんて、もう覚えちゃいない。

終電を降りて駅から出る。相変わらずの湿気と暑さにはまだ慣れない。そんな時間になるとバスも無いから、歩いて帰る。革靴がコンクリートにぶつかる音が夜に響く。信号を渡って高速道路の上を歩く。遠くに、ビルの赤い光が見える。
ここが、一番空が広い。
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# by tkt33 | 2004-08-12 19:02
8月8日

檻からは道路が見える。車はたまに通る。
聞こえるのは風の音、虫の声、鳥の声。一日がとてもゆっくり流れていく。
日が昇っては沈み、昇っては沈む。
雨が降っては止み、降っては止む。風が吹く。雪が降る。
また、次の1年が来る。
小屋の横でじっと座って、明日を待つ。

19の時の夏休みに、じいさんの家で飼っていた犬が死んだ。
もう13歳で、老衰で病気にでもなっていたんだろう。
小屋の横でぐったりしているという話を聞かされて、
みんな、もう駄目だろうと諦めていた。
話を聞いて数日後に、犬を見にひとりでじいさんの家に行った。
いつもなら車から降りるとそいつの鳴き声がして、小屋に近づいたら駆け寄ってくるのに、その日はそれも無かった。
小屋の横に臥していて、こっちを見てはいるんだけど動こうとはしなかった。
撫でてやっても、いつも通りに手の匂いをかいで、頭を寄せてきてなんてこともない。
とにかく全然動かなくて、もう、駄目なんだと思った。

飼い始めたのは小学生の頃だった。
じいさんの家のあたりは、家が数件ある以外は見渡す限り牧草地なんて程の田舎で、遊びに行く機会は親戚が集まる時以外にほとんどなかった。
ただ、集まってくると少しはにぎやかになって、中には同じくらいの年のやつもいる。
酒も飲めないし、話に混ざっても面白くない子供の俺たちは、外で日が暮れるまで犬と遊ぶくらいしかすることがなかった。
遊び盛りの子犬に飛びつかれては、どいつもこいつもしょっちゅう泣かされてたもんだ。

犬は人間の7倍の速さで歳をとるなんてのもよく聞く話で、子犬も例にもれずすぐにでかくなった。
初めて遊んだ時には自分の半分くらいの大きさだった奴が、次の時は自分と同じ大きさで、その次の時は自分よりも随分でかくなっていた。
抜かれるのは一瞬だったけど、抜き返すまではなかなか時間がかかったもんだ。
そのうち俺も大きくなって、「せっかく来たんだしかまってやるか」、なんて考えるようにもなった。

動かない犬をしばらく撫でているうちに、日が暮れてきた。
いつまでもそうしていても仕方が無いし、帰ることにして立ち上がった時だった。
手を放すと、犬が動いた。
動かない後ろ足を引きずりながら、それでも前足だけで、必死に、俺に近づいて来た。どうすることもできなかった。
車を運転して家まで帰る間、何も考えられなかった。
俺の行った日の夜に死んだと聞かされたのは、数日たってからだった。
「あいつは、お前が来るのを待ってたんだろうなあ。」冗談半分かは知らないが、その時じいさんが言った言葉だ。

目の前で消える命。
何もしてやれない自分と、その言葉を、今も忘れない。
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# by tkt33 | 2004-08-09 17:52 | 序文
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